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「名古屋城本丸御殿」をハンドメイドのモチーフにするなら?徳川家康公と加藤清正公に聞いてきた

「名古屋城本丸御殿」をハンドメイドのモチーフにするなら?徳川家康公と加藤清正公に聞いてきた
この記事について
2018年6月8日(金)、10年という歳月をかけて完成した「名古屋城本丸御殿」の一般公開が始まりました。約200名に及ぶ職人さんが手掛けた豪華絢爛な外観や装飾は、まさに息をのむ美しさ。これらはすべて400年以上前から今に伝わる技術をつかった手仕事(=ハンドメイド)によるものです。という訳で現世に蘇った武将たちに名古屋城本丸御殿で見逃せないポイントを聞いてきました!

名古屋城本丸御殿は一流の手仕事がつまった最高傑作!

名古屋城本丸御殿は、尾張藩主の住居かつ藩の政庁として1615年に徳川家康の命によって建てられた木造建築物です。
尾張を中心に全国から呼び寄せた大工、金工、左官、石工といった当時の最先端技術集団により建設。室内は山水、人物、花鳥、走獣などを画材とした障壁画や飾り金具などで絢爛豪華に飾られ、建築・美術史において高く評価されていました。

戦災焼失前の名古屋城大小天守と本丸御殿。(名古屋城総合事務所所蔵。ガラス乾板写真)

明治に入ると全国のお城は「無用の長物」と解体されていきましたが、名古屋城や本丸御殿はそのまま残され、昭和5年にはお城としては初となる国宝第一号に指定。屈指の名城として知られていました。

が、そのあと昭和20年に空襲により建物の大部分を焼失してしまったのです…残念すぎる!

焼失したものの、大量の資料により「当時の姿」を忠実に再現!

ところが国宝に指定されていたこともあって、大量の写真や実測図などの資料が残っていました
また、襖など移動ができるものは疎開されていたり、第一級の資料や写真などが保存されていたことで他に類を見ないほど正確な復元工事が実現できることに!
名古屋城ほど焼失前の建築物の詳細が明らかにされている城郭は、日本中探しても他にはないそうです。これってつまり、名古屋城は何度でも忠実に復元できるってこと?!、、それってすごくないですか。

そして2009年(平成21年)1月に復元工事に着手しはじめ、このたびようやくすべての部屋が復元、公開となったのです!

焼失を逃れた貴重なガラス乾板写真(左)と復元後の写真
約400年前から伝わる一流の技術を注ぎ込んだ御殿。名古屋のみならず「日本の宝」が蘇りました!
3度にわたる段階的公開で、このたび最後に公開されたひとつ。最も絢爛豪華な「上洛殿(じょうらくでん)」の襖と欄間。

ハンドメイドの参考にできそうなものがたくさん!

今回ハンドフルは一般公開に先駆けて、本丸御殿を案内してもらうことができました。
どこもかしこも豪華なのですが、部屋それぞれに使用目的が違うため、意匠・装飾に違いがあり、格式や権威というものが視覚的に伝わるよう表現されていました。

最も豪華な上洛殿は息が止まるほどの迫力。
日本の美の極限を見たかのような、これまでに一度も見たことのない景色に出会えます。
一見の価値ありまくりです!

「天井にも格式が表れておるぞ」案内してくれた徳川家康公(名古屋おもてなし武将隊の一人)。奥に行くほど天井がどんどん豪華になっていきます!
こちらは上洛殿二之間天井板絵。1枚1枚異なる絵が描かれ、美しい飾金具もつけられている。
全体を見たあとは、細部をぜひみてほしい。

天井や襖といった大きいもの以外にも、欄間や、引手金具、釘隠しなど格式の高さを極めた細かな装飾があちこちにありました。
その中には、人や動物たち、四季の変化といったモチーフがふんだんに盛り込まれ、ハンドメイドのヒントになりそうな意匠をたくさんみることができます。

引手金具ひとつだけでも豪華。なお本丸御殿には約3000個もの飾り金具があるそう。職人さんたちのすごさよ…!
思わずひれ伏したくなるほどきらびやか。

いやもう見どころが多すぎて、紹介しきれません。
詳細は名古屋に行かれた際に実物を見ていただくとして、これだけ多くの見どころがある中で、もしハンドメイドのモチーフにするとしたらどこが一番おススメなのでしょう?見逃してはいけないポイントは?
徳川家康公と加藤清正公に聞いてみました!

名古屋城本丸御殿の中で一番ハンドメイドのモチーフにすべきは?

徳川家康公のイチオシは「唐破風(からはふ)屋根」

徳川家康公「わしは唐破風をお勧めしよう。これはのう、我が徳川家にしか許されない、もしくは大大名にしか許されなかったものである。家格が限定されていたゆえに、実はここでしか見られない、他所にあるようで他にないものなのじゃ。手仕事がよく分かるやわらかい曲線。実際の原寸大でいったん描き、そこに直接はめこむように木を切っていく。図面にはあらわすことのできない技術が詰まっておる。ちなみに木のみの材で数千万もいたすぞ。」

「尾張徳川家の権威を象徴する唐破風屋根」が家康公のイチオシ。

ーなるほど!そう聞くと見ごたえが全然違いますね!

「そうじゃな、『見方』というものも重要である。たとえばこの御殿にある多くの飾り金具は、どこからどこまで注意深く見ても、細かな手仕事が見える。そして重要なのは、このような細かな手仕事の連続がこの大きさの規模で存在する、ということじゃ。外に出て、この唐破風のある車寄せのあたりから御殿全体をみることができる。小さなところを見て、大きなところまで全体を見てほしい。すべてが手仕事である。
そして感じてほしい、これが天下人が見た眺めか、と。」

さすが家康公! 良い事を言ってくれます。
ちなみにこの唐破風屋根のある玄関は本丸御殿を訪れた大名がまず通され対面を待つ場所。
まず唐破風で威厳を示され、さらにその奥にある虎と豹の襖で肝を冷やしたのだそう。
天下は徳川のものであり、徳川の天下は住んでいる皆の者である」というのを人に語り掛けているのだとか。

加藤清正公のイチオシは杮葺き(こけらぶき)

次は天下普請総奉行、加藤清正公にも質問。
名古屋城の天守閣の工事を担当した大名で、城作りの名人だったといわれています。

「加藤さんも一言お願いします」とウッカリ馴れ馴れしく呼びかけたら、すごい形相になった加藤清正公。し、失礼しました!

加藤清正公「(加藤さんと呼ばれたことに対して気を取り直して)
拙者が見るべきと思う場所は、『杮葺き』でござる。本丸御殿の屋根の部分にあたるところだな。
薄い木の板を何層も何層も積み重ねたもので、本来武家屋敷には使われず、公家の屋敷にしか使われていなかった。それはつまり、その当時の徳川家がいかに力をもっていたかを表しているのだ。」

スギなどの木材を3ミリ厚さに割ったこけらを竹釘で打ち付ける「杮葺き」が清正公のおススメ。

という感じで、名古屋城本丸御殿の手仕事のすごさについて、少しだけ知ることができました。
今あるものを真似するのとは違い、約400年前の「当時の姿」を再現できてしまうことにロマンを感じずにはいられませんでした。皆さんも名古屋に行かれた際はぜひ訪れてみてください。

名古屋城本丸御殿HP:http://honmarugoten.jp

編集後記
今回の報道陣向けツアーの司会をしていた城マニア、クリス・グレンさんは名古屋城本丸御殿の復元工事について「コピーではない。すべてが本物です。」と語ってくれました。その手仕事を目の当たりにしたら、その発言の意味がよく分かります。約400年も前から大事に伝えられてきた資料や技術を元に現代によみがえらせる職人さんたち。その手仕事に圧倒された一日でした。

この記事を書いた人

Handful編集長小堺丸子
ハンドフルの編集長をさせていただいているのですが、ハンドメイドの知識が全然ありません(2018年6月現在)。
でも可能性は無限大。今から勉強していずれ何かの職人になりたいなと目論んでいます。
好きなものは犬と睡眠と寿司と散歩。
それと他人に話しかけるのが好きです。
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